加藤千恵子教授に聞く
2025年度から、東洋大学・総合情報学部(総合情報学科)では、「メディア情報専攻」「心理・スポーツ情報専攻」「システム情報専攻」の3専攻を設置する。文理融合のカリキュラムで、文系・理系の枠にとらわれない総合的な知識とスキルを培いながら、それぞれの志向と興味関心に合わせた学びを深めることができる。また、各専攻では、それぞれの専門領域に加えて、AIやデータサイエンスの専門的なスキルの習得も可能となる。実践的な学びを組み合わせながら、ウェルビーイングの実現に向けたアプローチを身につけていく同学部には、多様な進路が開かれ、就職も強い。今回はその理由を探るべく、設置される3つの専攻、とくに新規性の高い分野である「心理・スポーツ情報専攻」に関する話題を中心に、総合情報学部 加藤千恵子教授(公認心理師)にインタビューを行なった。
Q:総合情報学科 心理・スポーツ情報専攻で学べる領域をご紹介いただけますでしょうか。
加藤:「心理・スポーツ情報専攻」の領域は、以下の4種類にわかれています。
一つ目は、心理情報領域で、心理学を中心に学びます。心理学でいうカウンセリングや心理実験に加えて、ITカウンセリング・メンタルトレーニングなど、ITを駆使した心理学、ITとの融合領域を学びます。
二つ目は、データサイエンス・AI領域。ここではAIやデータサイエンス加えて、認知心理学、心理統計学なども学びます。機械そのもの作るのではなく、頭(頭脳)を作るイメージです。データサイエンスに関連する資格としては、専門社会調査士が取得可能です。
三つ目は、スポーツと心理学領域。スポーツ心理学では、スポーツトレーナーや心理系の資格を取って、進路・就職先としてはいわゆるスポーツ分野を目指すのですが、あわせてAI技術も学ぶことができます。
四つ目は、スポーツ情報領域です。データの解析をして、アスリートにアドバイスする「スポーツデータアナリスト」を目指す、または「スポーツダイナミクス」といって、アスリートの体の動きを解析するような分野があるのですが、スポーツメーカーへの就職を目指す、または本人がプロになるなどの進路が考えられます。スポーツ分野ではありますが、必ずしも本人がアスリートである必要はなく、障がいをもっていても問題なく活躍できる分野です。
なお、心理スポーツ情報専攻では、フィールドワークとインターンが充実しており、参加によって授業の単位も出ます。自らフィールドワークに行ったときのデータを使って解析を行うので、非常にわかりやすく学ぶことができます。有名選手へのインタビューなど、実地でインタビューの練習が可能です。また、企業でのインターンで、マーケティング調査の手法を実地で学ぶことができます。さらに、マーケティング調査に関する資格取得も目指せます。
心理学とスポーツ心理学に共通するのは、文系の文学部や社会学部で開講されているテーマや心理学を学ぶことができ、しかも、理系の学部にしか設置されていないような「情報」の知識やスキルも学ぶことができるというのが、本専攻の特徴になっています。
Q:どのような資格を取得することができますか?
加藤:「スポーツデータアナリスト」と「スポーツダイナミクス」は、民間の“NSCA”(National Strength and Conditioning Association)というアメリカの資格です。また、これは、スポーツのトレーナーだけではなく、企業でも使える資格として通用します。総合情報学部は、NSCAジャパンの認定校に指定されています。
NSCAの試験では、スポーツ現場やアスリートなどのトレーニング指導に関して問われますが、実技試験はありません。そして、日本だけでなく、アメリカでも通用します。総合情報学部はグローバルなレベルでの活動も考慮しており、外国人選手が入ってくることもあります。このような理由から、NSCAを選んでいますが、認定校になるためには、学部のカリキュラムもしっかりと対応しなければなりません。
また、本専攻では、「社会調査士」の資格も得ることができます。そして、社会調査士だけでなく、「専門社会調査士」(社会調査士の上位資格)も大学院で取得可能です。社会調査士は、歴史のある資格で、将来データアナリストとして活躍する道も開けます。ぜひ、社会人の方にも本専攻に来ていただきたいですね。
次に、就職先ですが、犯罪心理学を学ぶこともできるとあって、警察官になる学生もおりまして、公務員等も人気があります。あとは児童相談所、放課後等デイサービス(放デイ)、病院等、心理関係の専門職に就職する人もしかり。ほか、AI・データ活用が求められる職場、一般企業、スポーツ関連メーカー、スポーツ関連施設等も就職先となります。今後、生成AI(Chat GPT等)の関連の部門に就職する学生も出てくるでしょう。
Q:就職にとても有利ということがわかりました。そのほかの特長や重視している点などはございますか?
加藤:まず、私は、DEI、「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包括性)」を推進しています。私がこの学部に着任したときは、女性教員が1人しかいませんでしたが、今はだいぶ増えています。女性をあえて多く取れということではありませんが、やはり、大学でも企業でも、性別や国籍に関係なく、多様な人を選ぶということが大切だと考えています。また、外国籍の先生もおります。
学生にしても、例えば学校で不登校になったような人も、ぜひ本学科・専攻にチャレンジしてほしいですね。そういう人にもチャンスを、といつも思っています。たとえ何歳からであれ、たとえ障害があっても、どんな人でも、人間には可能性があります。その意味でも、やはり大事なのはDEI。大学もこれに長い間力を入れておりまして、川越キャンパスでは初めて女性学部長にしていただいたという経緯もあります。
実は、総合情報学部のテーマは、「ウェルビーイング」なのです。では、ウェルビーイングとはなにか。ウェルビーイングに近い概念として、たとえば、ポジティブ心理学のマーティン・セリグマンが提唱した幸福の構成要素「PERMA」というのがあります(P=ポジティブ感情:Positive emotion、E=熱中: Engagement、R=人間関係:Relationship、M=意義:Meaning、A=達成感:Achievement)。「ウェルビーイング」は、こういったものも、「DEI」も、「ウェルネス」(身体が健康である状態)も、すべてを含んだ大きな概念です。
ウェルビーイングは、「幸福」などと訳さずに、外来語として横文字のまま使われることがほとんどです。なぜそうかというと、ウェルビーイングという言葉にぴったりと対応する日本語がないからです。そもそもこれまで、日本になかった考え方なのです。「心の健康」という意味だけでなく、もっと広い意味を、世界的に包括して表現しています。ですから、よく(Well:ウェル)、そのままの生きる状態(Being:ビーイング)、をつなげて、「ウェルビーイング」と呼ぶのが一番しっくりとくる。そういった包括的概念がもともと日本にはないことと、また、外来語であるからこそ心に響きやすく、グローバルなレベルで新しいものを構築していこうという考え方も含めた意味で、「ウェルビーイング」と言っています。
Q:貴学部は「情報」系で理系の学部に分類されることが多いと思いますが、文系の学生も学ぶことができるのでしょうか。
加藤:もちろん可能です。実習や演習で計算を行なうことがあっても、実際はコンピューターがやってくれるので、数学をあまり勉強せずに入学してきた学生たちでも、原理を理解し、ソフトを使うことで、複雑な計算もできるようになります。もちろん、「平均」の出し方のような基本的な考え方自体は理解する必要がありますが、どの学生も、今のところ問題なく履修できています。そのこともあって、とくに心理スポーツ情報は、文系の学生が圧倒的に多いです。実に7割が文系出身です。卒業する頃にはソフトを駆使するになっていますね。苦手意識を持たないで来てほしいと思います。
入試の観点、受験をする学生の観点から見ても、本専攻は非常に多様な人を受け入れています。
専攻内の学びは4領域で完全に分かれています。心理学だけをしっかり学びたい人は、スポーツの科目を取らなくても構いません。スポーツだけを専門に学びたい人は、心理学の科目を取らなくても卒業できる。全体として、すべてが統合されていて、すべて学べるけれども、別々に分かれて学ぶことも可能です。文系学生だけでなく、留学生、外国人アスリートも受講できるように、英語での授業はもちろんサポート体制を充実させております。英語オンリーの授業もあります。
Q:心理学の分野、とくに心理療法についてはどういう研究、学びがあるのでしょうか。
加藤:この分野は、私の専門分野であり、学部でも取り扱っている分野です。多くの心理療法があり、各クライエントにあったものを選ぶことが大切ですが、その中でも、箱庭療法について取り上げます。箱庭療法とは、心理療法の一種で、砂やミニチュアの玩具が入った箱の中で、自由に何かを表現する作業を行ないます。最近では、箱庭を作った後、それを3Dで撮影して半透明化したり、反対側から見られるようにしたり、3Dの技術を使うようになっています。こうすることによって、クライアントもカウンセラーもカウンセリングの振り返りが容易にできるようになります。また、箱庭のアイテムも、3Dプリンターで簡単に作ることができるようになりました。さまざまな組み合わせができるようになります。
加藤:3D技術を使った研究は今まだ始まったばかりで、効果検証のための論文を出しているという段階です。箱庭療法では、今でもカウンセラーが主観的に見て判断することがほとんどですが、そこに客観的手法のメスを入れるような仕組みを構築することを目標としています。
心理学・心理療法の分野はさまざまな技法がありますが、他のアートセラピーでも、AI技術の導入を進めています。たとえば、クライアントに絵を描いてもらい、描画を解析して、色の使われ方を客観的に分析する。ダンスやヨガの動き、変化を解析し、心身の相関を分析する。高齢者の方の動作解析では、すでにAIが使われています。
つまり、本専攻では、情報における専門性に加え、心理学を深く学ぶ、人の心を理解することができる、というのもポイントです。
Q:最後に、心理・スポーツ情報専攻の今後の学びについて、長期的なビジョンがあればお聞かせください。
加藤:先ほど、この専攻は4領域に分かれていると説明しましたが、これらに加えて、「マーケティングリサーチ」に特化した領域など、今後も領域が増える可能性はあります。2025年度の人材養成ニーズでは4領域ですが、今後もニーズの変化は起こります。それに合わせて、増やしたり、偏りがあったりした場合には一つの領域を二つに分けるなど、さまざまな可能性を、将来展望として検討しております。
東洋大学・総合情報学部へのリンク:総合情報学部|東洋大学公式サイト (toyo.ac.jp)
インタビュー・構成:原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)・阿部千尋(KEIアドバンス コンサルタント)