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「育児かキャリアか」の2択ではない【独自記事】

「どちらも頑張る」も可能なのがあるべき姿 ~早稲田大学大学院 法務研究科教授 石田京子さんに聞く【前編】


早稲田大学大学院 法務研究科 石田京子教授
早稲田大学大学院 法務研究科 石田京子教授

日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中125位と、先進国のなかでは断トツの最下位。男性育休取得率の低さや、女性議員や企業の女性管理職の少なさなど、目に見えるジェンダーギャップのほかにも、いろいろと問題はある。


法曹倫理、法社会学、ジェンダーと法のかかわりを研究する早稲田大学大学院・法務研究科教授の石田京子さんは、自らの体験からも、この問題にアプローチしている。ユニークでバイタリティ溢れるキャリアについてインタビューを行なった。



 


法学とジェンダー問題


◆:石田京子先生の研究テーマと、ジェンダー問題の関わりについて教えてください。


石田:私の研究領域のひとつは、「法曹倫理」という分野です。


民主主義国家では、主に議会で法やルールを作るのですが、それで終わりではありません。法やルールを扱う人が、それをどのように扱うかによって民主主義の結果が大きく変わってくるという面があります。そこで、法を扱う人=法律専門職のルールや規範がどうあるべきかについての研究が必要となってくるのです。私の場合は、主に「弁護士倫理」を研究対象としています。


もう1つの研究領域としては、司法や裁判などの利用者を対象とする実証研究を行なっています。これは、法社会学と呼ばれる分野ですね。最近ではジェンダーの視点から、弁護士の実態に関する実証研究もしています。


研究をしてみてわかったのは、「弁護士」という職業には、いまだ驚くべきジェンダーギャップがあるということです。たしかに、弁護士は、男性も女性も全く同じ資格取得のプロセスを経てなるものなので、資格としては「弁護士」とひとくくりにされています。しかし、実際に調べてみると、男女で大きく差があるんですね。


まず、所得格差がある。労働時間や働き方が違う。扱っている事件も違う…。調査を進めるにしたがって、こういった事実が、本当にクリアに見えてきました。この格差の存在を初めて知ったのは、2009年頃の研究者で行った調査です。そしてこの弁護士のジェンダーギャップは、その後も様々な実証研究をしていますけれども、なかなかなくならないというのが実情です。


日弁連(日本弁護士連合会)では、1980年から、10年ごとに「経済基盤調査(弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査)」を実施しています。ずばり、弁護士が一体どのような事件から、どの程度収入を得ているのかを主要な関心とする調査です。この調査にジェンダーの視点が入ったのは、ようやく2010年になってから。私は、この調査・分析チームに入れていただいて、結果をつぶさに見ることができました。すると、如実に、露骨にジェンダー格差が出ているんです。たとえば50歳の男女では、男性弁護士の平均所得は女性弁護士の2倍なのです。


しかも、20代くらいから、すでに格差が出始めている。キャリアのスタートから違いが出ているのに、さらに30代、40代と進むにしたがって、格差はどんどん広がり、50代ではほとんど別の環境にいる、というのが当時の状況でした。


2010年の経済基盤調査には、「あなた(またはあなたのパートナー)は出産経験がありますか?」と聞いている質問項目があります。出産による仕事や収入への影響を聞いているのですが、結果は、女性が圧倒的にネガティブなインパクトを受けている。女性の多くは収入が減っていたし、法律事務所を辞めざるを得ないような人もいた。ものすごい格差が出ているんです。この調査に関わって以降、私はこのテーマに大きく問題意識を持つようになりました。



◆:早稲田大学で担当している科目について教えてください。


石田:私の所属するのは大学院の法務研究科(ロースクール)=法曹養成課程ですので、大学院生は全員、私が弁護士や元裁判官の先生方と共同で担当している「法曹倫理」を必修として受講します。私自身は実務資格は持っていませんが、研究者の立場から、どうして専門職には特別なルールが必要なのかを理論的に教えています。


また他にも、ロースクールと法学部の両方で「ジェンダーと法」という授業を受け持っています。その中で、様々な法や制度のなかに出てくる「ジェンダー」の問題を扱っています。もう10年ほど担当しています。



東工大で「法学」の研究?それからワシントン大学へ


◆:石田先生は日本とアメリカの両方の大学・大学院を出られていますが、ご経歴を教えてください。


石田:学部はICU(国際基督教大学)です。最初は、憲法学を勉強したくて、奥平康弘先生のゼミに入りました。ただ、奥平先生は私の在学中にお辞めになられて、その後は、千葉眞先生のゼミで西洋政治思想史を勉強しました。学部の卒業論文では、手続の公正さについて考察しました。


学問的には、憲法学に興味があったものの、法文の解釈がやりたいわけではなかった。大学院に進学したいと思ったとき、東京工業大学大学院の社会理工学研究科(当時)に、「価値システム専攻(通称VALDES)」という文理融合を謳った新しい専攻ができたと知りました。そこでは、法律も、経済分析やゲーム論も研究できる、面白そうだ、と考えて受験し受け入れてもらいました。


大学院では、訴訟上の「和解」をテーマに研究を行ないました。和解とは、民事紛争で当事者同士が譲歩することで判決に至らずに終わるメカニズムですが、修士論文では、これをゲーム論を使って検討しました。その後、博士課程在学中に奨学金を頂いてシアトルにあるワシントン大学に行くことになりました。


法学の大学院(LLM)に進む場合、本来は法学部を卒業していないと入学できないところも多かったのですが、当時はまだ牧歌的なところもあり、また、ワシントン大学は日本の法制度に理解があり、入れていただきました。


ワシントン大学の修士1年間で、「仲裁」という第三者が判断する私的裁判の仕組みについて研究しました。その時、ちょうど日本では、新しい仲裁法ができるタイミングでした。その後、運よく博士課程にも進学し、法曹倫理の研究に着手することになります。


その経緯も、とても奇遇なのですが、法律・司法の分野で比較法的な研究をしたいと思っていた時に、たまたま、現地の教授で、サバティカルで行った日本から帰ってきた先生がいらして、その方が法曹倫理の専門家だったのです。そして、こんなことを言うんです。「アメリカ人から見ると信じがたいことだが、日本ではいままで法的に拘束力のある「弁護士倫理」というものがなかったが、それを2004年に初めて作るらしい」と。


彼は、アメリカから日本に行ったら、その分野の専門家なので、あちこちに呼ばれて、日本で新しく制定される弁護士倫理(弁護士職務基本規程)に関連して、講演や意見交換をしていたんですね。それで、こんな面白い比較法の題材はないから、だれかこれを研究する人はいないか?と探していたんです。そこで、私が立候補しました。もちろん、その先生に指導教授になっていただいて、他にも法社会学や比較法の研究者に指導していただきながら、無事、2006年に博士号(Ph.D.)を取って日本に帰ってきました。



偶然の連鎖で早稲田大学へ


石田:でも、2006年に博士号とって帰ってきても、就職先が決まっていたわけではないので、専業主婦をやっていました。そんなとき、早稲田大学では数少ない法律系の公募のポストである「比較法研究所助手」の募集を見つけて応募しました。英語担当助手ということで、英語を使える研究者を募集していたんです。これは、任期3年のポストなんですが、あまり公募が出ない時期に、たまたまポストが空いて、偶然、私がそれを見つけて、公募したら採用された、という経緯なんです。そういうわけで、2007年4月から、比較法研究所の助手に着任しました。


助手をしながら、博士論文の書籍化を準備したり研究をしたりする中で、これも奇遇なのですが、2004年に始まった日本のロースクールでも「研究者養成」の必要性が言われるようになり、早稲田大学の法務研究科(ロースクール)が、任期付きの助教を公募したんですね。


早稲田のロースクールは国際性が売りだったので、海外経験や国際対応ができる人材であることを重視していました。それで、私は早稲田に来てまだ2年目だったのですが、周囲の先生方の理解もあって、公募に応募させていただいて、助教として採用されました。そして、法務研究科の助教を3年やりました。


私は、実はその間に出産をしているんです。ここでも、本当に恵まれていたと思いますが、私が産休で休んでいる間に、法務研究科の執行部の先生方が助教からテニュア(米国で言う終身在職権のこと、任期のない専任教員)になる道筋を作ってくださった。基本、助教のあとのキャリアは、何も保証されていなかったんです。そして、産休明けの翌年からテニュアの准教授として勤務することになります。2012年だったと思います。その後、2013年に2人目の子どもを出産し、2020年に教授になって現在に至ります。


◆:実務家養成のはずのロースクールで、「研究者養成」というのは、どういうことなのでしょうか。実務家が増えすぎるのは困るから、ということなのですか?


石田:いえ、そうではなく、ロールクールの後継者、教える方の充実が必要だからです。伝統的に日本の法学部では、非常に優秀な学生は、学部卒や大学院からいきなり助手になって助教授、教授に昇進するというパターンが多く、あまり実務について学ぶ機会はなかったと思います。でも、ロースクールでは「実務と理論の架橋」が謳われており、このような視点から学生を教育できる研究者を養成していく必要があったのです。その意味では本来は、日本のロースクールを修了した方が研究者になることが求められていて、最近ではその層もずいぶん増えてきました。大変望ましいことだと思います。


ただ、優秀な層が学部からロースクールに行くようになると、やはり年収の高い法律事務所にリクルートされそのまま実務家になってしまう人も多いということもあり、研究者養成は今でも重要な課題です。年収では競争はできませんが、研究者なりの魅力(知的に刺激的な仕事ができること、仕事の自由度が高いことなど)を効果的に発信していく必要があるのだろうと思っています。

大隈重信像

育児かキャリアか、この二択しかないのはおかしい


◆:キャリアは、人とのめぐりあわせがよかったんですね。すこし、個人的なこともお聞きしていいですか?出産のこととか、苦労話はありますか?


石田:出産は、2011年と2013年、どちらも男の子でした。2011年のときは、まだ助教でしたので、授業負担が軽くて、育児休暇を取りませんでした。助教というのは、もともと研究者を養成するという趣旨の制度なので、年間で1コマか2コマ持てばいいといったような状況だったんです。ロールクールでの「法曹倫理」の授業や、「ジェンダーと法」の授業は当時から担当していたと思います。でも、授業負担は軽く、息子の出産時期も7月でしたので、「すみません、期末試験の採点だけ勘弁してください」と言って、周りの先生方の理解に支えられてなんとかなりました。


私は2回の出産とも、育児休暇はとっていないんです。私の場合、環境に恵まれていたこともありますが、研究者だと、なんとかこういうことも可能なんですね。毎日職場に来なければいけない職種ではないし、授業の間だけ責任をもって子どもを見てくれる誰かがいればいい。あとは子どもの寝ている間の頑張りというか。もちろん、お子さんにもよると思います。


でも当時は、「母親は育休を取れ」という社会的なプレッシャーを感じました。別に職場で特に何かをいわれたことは一度もないのですが、社会的に。一般的には組織としても、スタッフには育休を取得させて、きちんとワーク・ライフ・バランスを確保させている、としなければなりませんので、こういうプレッシャーも仕方ない側面はあります。


でもなぜ、私だけ、母親だけこう言われなければならないのか、という理不尽さを感じていました。今でこそ、男性の育休も強く奨励されていますけれども。子育て期と重なる30代の時期は、研究者としてのキャリアにとっても大切な時期です。学位(博士号)をとって、一段落して、さあ、ここから研究者としてどうやっていこうか、という大事な時期に、一旦キャリアをストップするというのは、少なくとも私の場合は、大きなためらいがありました。そこで、パートナーとも話し合って、生後早い段階で、ベビーシッターさんにお世話になることにしたんです。もちろん、親にも頼みましたが、シッターさんには特にお世話になり、その方には、今でも時々お世話になっています。


面白い話があります。私が2人の子どもを育てていると聞き及んだ、ダイバーシティ推進室のスタッフから、ワーク・ライフ・バランスについての記事を書いてほしいと依頼されたんです。おそらく、育休時間をどのように使ったとか、そんな話が出てくると思っていたと思うのですが、私の記事の書き出しは「出産しても止まらない」(笑)。じつは育休すら取っていなかったというので、想定外だったかもしれません。でも、その記事はそのまま掲載していただいて、今でもWebで見られると思います。



その後この記事を読んだ若い学部生の女性からメールをいただいて、すごく勇気づけられた、と言われました。その女子学生は「女性は出産したら育休を取らないといけないんだと思いこんでいた、でも、そうでなくてもいい、それを示してくれてすごく勇気が出た」と。こう言ってもらえたのは、私にとっても嬉しく、支えになりましたね。


◆:大事なのは個人が制度を自由につかえることであり、全員に育休を取るか、取らないかのどちらかを押し付けることではないと。


石田:そうなんです。みんなが働きやすくなるというのは、本当はそういうことだと思うんですよね。


今は、男性も育休を取ることが奨励されていますよね。けれど、男性の育休の平均取得日数をご存じですか? 1.5ケ月くらいなんです。一方、女性は大体1年です。「男女共に絶対に全員が育休を取れ」というのは、夫婦別氏の議論でも同じですが、形式的に平等に同じに見えても、実質は全然ちがっていて、女性の方が負担が大きいという現実は、今でもあると思うんです。


◆:仕事か育児かの二択を迫られる状況で、仕事をしながらの育児を選んだということですね。


石田:もちろん、周囲の理解があったことも大きいです。早稲田大学は、その点で恵まれていて、未就学児を持つ教員は、授業負担を考慮してもらえるというルールがあり、これを利用させてもらって、かつ、リサーチアシスタントを雇うことも認められていました。私の場合は、細かい文献チェックをしてくれるようなアシスタントを1人雇うことができ、育児期間中に、留学中から出版したいと考えていた翻訳本を1冊出版することができました。


◆:パートナーも育休を取られなかった?


石田:そうですね。夫は、国家公務員で、とくに30代は忙しくて、まあ、帰って来られなかったですね。シニアになって、最近は比較的早く帰ってくることもできるようになりましたが、当時はほとんど家にいませんでした。


◆:ちょうど大変な時に、子育てをされていたんですね。


石田:そうですね、まさに育児と仕事でしたね。しかし、やはり私の場合、ベビーシッターさんも含めて周囲に助けられたというのは大きかったです。この子らも、今では小4と小6ですので、だいぶ手がかからなくなりました。



司法アクセスの不平等は、ジェンダー格差に悪影響


◆:石田先生は、「裁判の利用しやすさ」に関する研究などもやっていらっしゃいますね。これについて簡単に教えてください。


石田:実証的に、男性も女性も、弁護士を依頼するならば、どちらかというと同性の弁護士を好むということがわかっています。しかし、弁護士全体で女性は2割しかいない。このことが何を意味するのか。男性が男性弁護士にアクセスするのと同じような簡単さでは、女性は女性弁護士にアクセスできないのです。結果的に女性の司法アクセスが妨げられているんです。


重要なのは、この問題意識ですね。男性が男性弁護士にアクセスするのは容易なのに、女性は女性弁護士にアクセスできない。このことによって埋もれてしまっている法的な問題は、たくさんあるはずなんです。司法アクセスの不平等は、この国のジェンダー格差に悪影響を与えています。


もうひとつ、実証的な研究についてもお話しさせてください。これは、「民事訴訟利用者調査」といって、民事訴訟をしたことのある「司法の利用者」の調査なのですが、データとしてとてもショッキングな結果が出ているんです。


調査では、司法への満足度等、いろいろな点を聞いています。たとえば、依頼した弁護士への満足度とか、事件を担当した裁判官への満足度とか。これらの質問への答えには、ジェンダー差はみられなかったんです。また、「あなたの裁判結果についてどう思いますか」という質問についてもジェンダー差はなかったんです。


けれども、最後の質問で、この国の司法や法制度についての評価を聞いています。例えば、「日本の民事裁判制度は国民にとって利用しやすい制度だと思いますか」「日本の法律は公正なものだと思いますか」とか。これらの制度全体に対する質問についてだけ、男女で大きなジェンダー差がクッキリと出ているんですね。要は、女性の方が司法制度や法制度に対して否定的なんです。


「同じ問題が起こったときに裁判制度をもう一回使いますか」という質問にも、女性の方が否定的な回答が多い。これは、社会的に大問題だと思います。女性の司法への信頼というテーマは、近年の私の重要な研究テーマの一つです。



これから大学・大学院で学びたい若い人へ


◆:最後に、こういった問題を解決したいという若い人は何を勉強すればよいか、教えてください。


石田:私のやっている学問は、法律学でも「基礎法学」と呼ばれる領域で、法学部の勉強では憲法や民法などの法解釈学がメインだと思います。どこからでも良いと思うのですが、「面白いな」と思ったことを一生懸命考えることと、一見、法律と関係なさそうな勉強、ジェンダー論だとか、歴史学だとか、そういうものでも関心を持ったら一生懸命勉強することだと思います。どこの大学でも、教養として展開されている科目は法解釈学以外にたくさんあると思います。そして、実務家として社会を変えていくんだ、と思うならばぜひロースクールで学んで実務家になっていただきたいし、研究者としてこの問題を考えるんだ、ということであれば、できるだけ広い、学際的な視点から勉強を進めてほしいと思います。法は社会の中に生きて存在するものですから、実務家であっても、研究者であっても、実際の社会との対話が不可欠だと考えています。


構成と記事、インタビュー:原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)

 

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早稲田大学大学院 法務研究科:


石田京子さんの近著:

共著『手続利用者から見た民事訴訟の実際』2023年,商事法務刊

共著『リーガル・カウンセリングの理論と臨床技法』2022年,北大路書房刊

共著・編『新時代の弁護士倫理』2020年,有斐閣刊

 他、著書・共著多数あり

 




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