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KEI Higher Education Review

ミディアムサイズ総合大学ならではの環境下で、「人物教育」を推進する姿勢を堅持しつつ、現代的なニーズに合わせた先端的取組みも行なっている甲南大学。その伝統と革新性を併せ持つ大学のリーダーとして、2期目の任期を迎えられた中井伊都子学長。甲南大学の教員として四半世紀、学生たちの成長をずっとそばで見守ってこられた中井学長に、甲南大学が大切に守ってきた大学としての姿と、さらなる発展に向けた新たな取組みについてお話をうかがいました。

甲南大学[前編]

亀山郁夫
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■ 専門教育・共通教育・正課外教育

  甲南大学の「人物教育」の要諦は3領域のバランスにあり

 

【甲南大学の学生とコロナ禍の影響】

 

--中井先生が甲南大学に着任されて四半世紀となりますが、当時から現在に至るまで、貴学の学生の気質に変化は感じられますか。また、先生が学長にご就任された2020年は、ちょうどコロナ禍でした。とくにご苦労された点や大学で注力されたことについて教えてください。

 

本学に着任した頃から現在に至るまで、本学の学生の気質に、変化はあまり感じません。素直にのびのびと成長してきて、大学入学後に、自分の個性や可能性に気がつき伸びていく。そうした伸びしろの大きい学生が多く入学してきているというのが、昔からの変わらぬ印象です。「さあここから!」というエネルギーをたくさん蓄えているため、「化ける」学生が多くいます。

 

一方で、やはりコロナ禍の大学運営は大変でした。我々教員も苦しみましたが、特に学生たちにとっては、心理的にもかなり抑うつ的な生活を強いられ、「何をやっていいのか、いけないのか」や、「何をやらなければいけないのか」といった基準が随分揺らいだように感じます。

 

コロナ禍の影響を受け、本来、中学、高校で得られることを経験できずに入学してくる学生も少なくありません。彼らは、コロナと、それに伴う社会の変化の犠牲者と言えるでしょう。しかし、本学は「人物教育」を謳っておりますため、この点は特にしっかりと力を入れ、指導主任の教員を学生一人ひとりに付けて教育を行なっております。我々大学教員としては、このような役割が少し大きくなっているかもしれません。

 

--コロナ禍のあとも、生きづらさを抱えた学生が全国的に増えています。貴学の学生からも、そうした雰囲気を感じることはありますか。

 

感じますね。2020年に入学した学生たちが、この春に卒業いたしました。いわゆるふつうの高等教育を受けられなかったという意味で、彼らが大きなダメージを受けたのは事実です。しかし、我々大学側も必死になって対応しましたので、彼らの学びを守ることができたのではないかと思います。


他方、より若い年代でコロナ禍の犠牲となった子どもたちの心の空白感、あるいは心の傷のようなものは、コロナを経験したのが若い時であればあるほど大きいと、強く感じることもありますね。

 


【いつの時代でも生き抜く力をつける「人物教育」】

 

--『先生、どうか皆の前でほめないで下さい:いい子症候群の若者たち』という、金沢大学の金間先生のご著書(東洋経済新報社,2022年刊)があります。大学の授業で学生を観察してきた結果や、アンケート調査等の結果を踏まえて、大学生がどのように変わってきたかを論じた本です。その中で、例えば講義用の大教室で学生はどの位置に座ろうとするか、教員から褒められた時にどのようにふるまうのか、これらが、昔と全然違ってきているというのです。

先ほど、中井先生は、甲南大生の気質は、基本的なところは昔と比べてもそれほど変わっていないとおっしゃいました。コロナの影響を除いても、やはり、昔とは違った意識や志向をもつ学生が増えてきているのではないでしょうか。そして、そうであるなら、教員のほうも意識や指導法を変える必要があるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

 

「ほめないで下さい」というのは、よく理解できます。私はゼミで国際模擬裁判というものを行なっております。これは、現在であれば、例えばウクライナ対ロシアの紛争や、北方領土問題における日本対ロシアの対立などを取り上げ、学生には各国の代表になってもらい、お互いに調べてきて、まずコンプロミー(裁判所への付託合意書のこと)を出し、その翌週にディベートをする演習型の授業です。

 

しかし、例えば5人のチームで課題に取り組ませると、やはり個々の取り組みに濃淡があらわれます。発表自体はじゃんけんか何かで決まった代表者が行ないますが、言葉遣いや発表の完成度から分かるのです。「おそらくこれはこの学生が書いたものではない、リーダーは別の学生だ」と。

 

質問への回答ぶり等から、リーダーが誰なのか、私には明白です。しかしそこで「リーダー頑張ったね」と言うと、「いえ、みんなでやりました」と返ってきます。絶対に一人秀でないように。

 

昔であれば、チームのうち必ず1人か2人は、「私が頑張って、あの子たちは何もしてないのに、全員が同じ点数になるというのはどういうことですか」、「私のやったことなんだから、私をきちっと見てください」と言ってくる学生がいたものですが、今は誰もが、「みんなでやったことですから」と言います。一人が秀でることで、SNS等で批判されるといった怖さがあるのかもしれません。

 

--そうした状況を鑑みると、貴学の「人物教育」のような生き方の根幹に関わる教育が非常に重要になってくるように思います。

 

そうですね。しかしながら、高等教育において「人物教育」を実現することは非常に難しく、私たちも日々、頭を悩ませております。

 

私たちは、「専門教育と共通教育と正課外教育、この3つのバランスをしっかりと取り、過不足なく学びなさい、これこそが『人物教育』です」と指導をしています。したがって、「内面を磨きなさい」とは自信を持って伝えられますが、一方で、「対人関係の中で自分をしっかりと表わしていきなさい」というようなことを伝えた場合に、果たして責任が持てるかと問われると、正直苦しみます。大学のゼミ、グループ、授業単位などは、ある意味社会の縮図です。学生たちは近い将来、そうした社会に出ていくのだと考えると、そこで、「一人頑張ったのならアピールしなさい」ということを伝えるのは、なかなか難しいと思います。

 

--安易に理想論を語ることもできませんし、やはり「人物教育」というものは難しいですね…。しかしながら、苦しい状況下でも、確かな倫理観やしっかりとした軸を持って生きていく人物を輩出していくことが、大学の使命であるとも思われます。この点において、貴学が「人物教育」で育成したいと考える人物像、すなわち、貴学が「人物」というとき、それをどのように定義されているのか教えてください。

 

本学の「人物教育」における「人物」とは、「社会に出て人の役に立つ人物」です。私たちは、本学の創設者、平生釟三郎の生き様や、彼の残した言葉をとても大切にしております。「人は面白いかありがたいかじゃないと寄ってこない」、だから、「社会にとってありがたく面白い人物になりなさい」でしたり、「どうやって生きていくかといったら、正しく強く朗らかに生きていきなさい」といった言葉です。

 


平生釟三郎

甲南学園創立者。武門に生まれ、実業家として東京海上保険をはじめとする損害保険業界の近代化に貢献し、川崎造船所の再建を成し遂げ、その名を揚げる。甲南病院の設立等社会事業にも深く関わり、政治においては、広田弘毅内閣の文部大臣として義務教育の年限延長、師範教育の改善を強く提唱した。また甲南幼稚園、甲南小学校、甲南中学校、甲南高等学校を創立したほか、私費による育英事業「拾芳会」を立ち上げる等、教育にも熱意を注ぎ続けた。建学の精神「人格の修養と健康の増進を重んじ、個性を尊重して各人の天賦の特性を伸張させる」(写真提供:甲南大学)

 


私たちはこのような言葉をよりどころに「人物教育」を行ない、そしてそれを通して、伝統的な学問から、時代のニーズに合った新しい学問までをしっかりと視野に入れ、学んで、社会に飛び出していく、そんな学生を育てたいと考えています。何かを想定して……というよりは、その時代時代の中で、しっかりと生き抜いていけるだけの胆力を身につけさせること。これこそが本学の「人物教育」における、「3つ(専門教育、共通教育そして正課外教育)をバランス良く」という肝なのです。

 

時代や社会の変化とともに、少しずつ育成すべき人物像が変わる可能性はありますが、時代に合わせた教育や学問体系を取り入れ、全学共通教育の内容を柔軟に変えています。一方で中心となる専門教育にも力を入れる。そして、正課外教育。まさに、このミディアムサイズ総合大学ならではの学生の交流、学生同士で教え合い、一緒に成長していける雰囲気と環境の下で、3つの教育を一緒に学んでいくことにより、理想の人物を目指していきます。

 

--つまり、3つの教育をバランス良く学ぶことが「人物教育」となる、という考え方ですね。そうすると、総合大学であることも、やはり貴学の教育方針を表現したものということになるでしょうか。

 

そうですね。総合大学であることの意味のひとつは、ここのキャンパスに来て図書館に行けば、あるいは食堂に行けば、他学部の学生と話ができる、交流ができるということです。そして、あえて学生同士が交ざりあって同じ1つのワークをするように仕掛けているような、共通基礎演習という授業もあります。

 

こうした学びの中で、あるいは普段の生活の中で、異なるものの考え方や価値観に触れながら成長できることは、このキャンパスの大きな特徴であると同時に、複雑な社会に出ていくにあたっての、ストレス耐性の涵養にも役立っているのではないでしょうか。

 

--自分とは異なるバックグラウンドを持つ人に出会う機会があるというのは、とても重要だと思います。具体的に、さまざまなバックグラウンドを持つ人同士が出会う機会として、貴学にはどのような場が設けられているのでしょうか。学内にちりばめられた「仕掛け」について詳しくお聞きしたいです。

 

2017年に“iCommons”(KONAN INFINITY COMMONS)という学生会館が竣工しました。まさにここが、学生の結節点となっています。学生支援機構やキャリアセンター、学生の正課外活動の部室、さらに1階には大きな食堂があり、本校舎の学生だけでなく、西・北校舎の学生も集まってくる場所です。良い学生会館ができたと思います。


「無限の可能性」を広げる新施設iCommons誕生!


 

【理系教育の充実を目指して】

 

--貴学では現代的なニーズに合わせた学部の改組も含め、先端的な取り組みをなさっておられます。2026年度に新設される理工学部の環境エネルギー工学科についてうかがえますでしょうか。

 

本学には現在、理系の学部が3つありますが、2026年度の改組では、どの学部もその中身をしっかりとバージョンアップして進化させることで、「甲南大学に理系あり」ということを押し出していくのをねらいとしています。「何を学んで、何が身につき、何になれるか」を、より明確にアピールしていきたいです。

 

この動きの中で、先ほども申しました時代のニーズにしっかりと対応していく部門として、理工学部に環境エネルギー工学科を新設します。本学の理系は、時代の最先端の研究を粛々とやってきた正統派です。この研究力に裏打ちされた理系の教育にしっかりと軸足を置きつつ、世の中の新たなニーズに対応した、企業からも求められる人材を育てていくこと、これが学科新設の目的です。


令和5年度大学・高専機能強化支援事業(支援1)の新学科事業概要が公表されました


 KONAN進化型理系構想 特設サイト

 

--ありがとうございます。次に、既存の学部についてもおうかがいさせてください。貴学のなかでも、フロンティアサイエンス学部は女子学生の割合が高いかと存じますが、その理由は何でしょうか。

 

フロンティアサイエンス学部は、ナノバイオ系の研究を1学年45名という徹底した少人数で行なっています。先生との距離がとても近く、しっかりと理系の専門教育を受けられるのが特徴です。

 

1人1人がマイラボというデスクを持ち、そこを拠点として存分に勉強ができる点や、先生方について高度な理系の研究、実験を進めていける点が、女子に人気の理由かもしれません。特に女子の入学率を上げようと、戦略的に広報活動を行ったということはありません。オープンキャンパスなどで研究に打ち込む女子学生を見て、自然と集まってきてくださいました。

 

--周辺の環境もぜいたくですよね。

 

フロンティアサイエンス学部のキャンパスは、神戸の医療産業都市であるポートアイランドにありますが、そこの企業で働いておられる女性の方々が、フロンティアサイエンス学部の女子学生を対象に、研修会なども実施してくださっています。

 

--本当に環境に恵まれていますね!

 

[後編]につづく

 

 

中井 伊都子(なかい いつこ)学長 プロフィール:

京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科社会学修士課程修了、同大学院法学研究科博士課程中退。国際法学者。世界法学会員、国際人権法学会員、国際法学会員。公益財団法人世界人権問題研究センター専任研究員。1998年より甲南大学で教鞭をとり、2020年に同学学長に就任。

論文に、「カナダにおける国際人権条約の履行」(2008年)、「国際人権規約の意義とその活用について」(2007年)、「国際人権条約における社会権の権利性」(2005年)など。

共著に、『国際法入門 逆から学ぶ』(法律文化社)、『人権保障の新たな展望』(アジア・太平洋人権情報センター)、『講義 国際組織入門』(不磨書房)、『居住福祉学と人間』(三五館)、『判例国際法』(東信堂)など。書評も多く執筆している。

 

著書(共著):

『国際法入門 逆から学ぶ』(法律文化社)  https://amzn.asia/d/045JfTtZ 

『人権保障の新たな展望』(アジア・太平洋人権情報センター) https://amzn.asia/d/08YxOLIL

『講義 国際組織入門』(不磨書房) https://amzn.asia/d/02JG5b5V


 

インタビュー:満渕匡彦・原田広幸(KEIアドバンス コンサルタント)

構成・記事:山口夏奈(KEIアドバンス コンサルタント)




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