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KEIアドバンス
KEI Higher Education Review

専門のロシア文学・芸術の分野を超えて、文化・文明、教養にわたる考察と情報発信を行なっている亀山郁夫名古屋外国語大学学長。グローバル化と分断化(二極化)が同時に進展する、先の見えない時代において、大学教育と教養はどう変化していくのか。そして、外国語大学の役割はどうあるべきか。自由闊達に語っていただきました。

名古屋外国語大学
[前編]

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【外国語を学ぶ意味と教養】

 

――亀山先生、お久しぶりです。昨年(2022年)上梓された『人生100年時代の教養』(講談社現代新書)拝読しました。ビジネスや実務だけでなく学問の領域においても英語の優位性が顕著になっていることについて書かれていますね。

 

圧倒的だね。国際化=英語化、英語化=グローバル化ということになっている。英語以外の語学をやってきた立場から言うと、英語以外の言語の重要性を言いたいけれど、この流れは止められないし、英語力はどんどん鍛えるべきだと思います。

 

本学も「真の国際人の育成」とか、留学のためにTOEFL550点目標とか言っているけれど、実際、「今の日本で身につけておくべきスキルは」と問われたら、英語とコンピュータリテラシーと答えるでしょうね。

 

しかし、それだけじゃダメです。英語一元主義やグローバル人材(global human resources)という考えには強い違和感を持っています。本学では、国際教養(global liberal arts)ではなく、「世界教養(world liberal arts)」と言っている。英語が使えるだけのグローバル人材ではなく「世界人材(world human resources)」として活躍するには、英語+αを学ばなければならない。英語にかける勉強時間の2倍以上をかけて英語以外のことを究めよと、学生にも言っています。

 

――ここ2,3年はコロナの影響で外国での学びはおのずと制限されていましたが、留学の状況はどうですか?

 

コロナの2年間は本当に大変でしたね。本学は、交換留学協定を結んでいる大学が180校以上あって、毎年250人程度が長期派遣の留学システムを利用している。およそ8割が英語圏、もしくは英語が通じるところへ進学します。残りがフランス、中国やその他の地域へ。どんな留学でも英語が重要なことには変わりありません。短期派遣も含めると8割以上の学生が海外に出ています。

 

留学希望者には、大学の正規コース(学部)への入学率を高めるための支援を進めている。正課ではなく予備コースからの留学となると、大学の負担も大きいし、語学だけの勉強ではもったいない。現在、TOEFL510点が留学のための目標点ですが、大体クリアできている。これを最終的には550点に引き上げていく。

 

――貴学には、外国語学部に、英米語学科のほかフランス語学科と中国語学科があり、第二外国語や副専攻では、他の様々な言語のクラスがありますが、やはり、英語以外の人気は高くないですか?

 

他も同じだと思うけど、英語以外の外国語学科や国際系の学部の人気は低迷気味で、しかも近年では、DeepLやPoketalkなどの優秀な機械翻訳のアプリが普及しているので、なかなか厳しい状況です。ただ、韓国語は非常に人気が高いね。

 

――BTSやBLACKPINKが世界的に活躍していますからね。

 

そうそう、BTSね。でも、きっかけが韓流ドラマであれ、K-POPの影響であれ、純粋にその国の人とつながりたい、その国の文化を知りたいと思うのはとても大切で、そのために韓国語を学ぶというのは、理想的です。

 

英語の場合、そうなっていない。たいていが、キャリアアップとか、就活や入試のため、TOEICでハイスコアとるためとかでしょう。英文学やりたいとか、アメリカの政治文化を学びたいから、というような人はいるけれど、すごく少ない。そもそも、遅くとも中学生から学び始めるから、動機など関係ない。単なる手段としての語学です。

 

一方、韓国語を勉強したいという人は、純粋に韓国の人と文化を知りたいという欲求に動機づけられている。教養とは、その国や地域の文化の価値を見直すことでもあるとすれば、この純粋な動機こそが教養の基盤ではないでしょうか。

 

【英語化とグローバル化】

 

――英語だけというのは、グローバル化という開かれたイメージとは裏腹に、世界の内側に閉じられているような気がします。

 

アメリカ人にとっての第1外国語はスペイン語です。しかし、スペイン語ですら、学ぶ人はすくないでしょう。アメリカ人など英語のネイティブは、日本人が莫大なお金と労力をかけて費やしている英語学習のための時間を、学問そのものの研究や思考に費やすことができます。政治やビジネスの場でも、相手が英語を使ってくれるので、常に本業に集中できる。だからこそ、これは危険なことでもあるのです。英語という覇権言語を話すがゆえに、英語話者は自信過剰に陥っている。つまり、傲りです。

 

私たちは、外国語を学び、それを通じて外国文化を学ぶことで、批判的思考をはぐくみます。そして、外国語学習は、多文化共生の理想の原点です。

 

プーチンがウクライナに戦争を仕掛け、国際世論的に語りにくくなっているのですが、あえて言うと、プーチンなど愛国的ロシア人にとっては、(米欧流の)民主主義なんて何?という文化的誇りがある。民主主義よりも大切にしているものへの誇りがあるからこそ、ゆるぎない自信をもっている。それが良いか悪いかを別として、ロシアに対峙するには、そういった文化的背景を理解しなければならない。国境が全てという論理で戦争を単純化するのはよくない。歴史的に屈辱の経験をもたないアメリカ人にはロシアのことは、なかなかわからないと思う。ロシアの精神性をよく理解した立場の人が交渉に入らないと難しいでしょうね。

 

――多文化・他文化に開かれていないことによる「傲り」について指摘されましたが、このことはアメリカ社会が抱える問題とも関係しているのでしょうか。

 

トランプ政権下のアメリカでは、大統領自らがフェイクニュースやデマを発信し続けたため、嘘が目的達成のための手段に利用され、あまつさえそれが正当化される状況になってしまいました。その先に起こったのがワシントン議事堂乱入事件です。アメリカがこのような状況に陥っているのは、英語という特権的な覇権言語に胡坐をかいていた傲りが、多文化共生の理想や批判的知性を蝕んだからです。バイデンに政権が移譲され、このような独善的文化は改善されたかと言うと、なかなかそうは思えません。

 


【日本社会の行く末は】

 

――その点、「アメリカの鏡」ともいわれる日本も似たような状況にあるのかと思うのですが。

 

私が自覚的なペシミストだから、というわけでもないのですが、日本人の知性の劣化は危険水域に入っていると思います。日本人一人ひとりというよりも、全体としての知的関心の低さ。日本の停滞感は、主に人口問題に起因しています。

 

人口の5%が優秀層だったと仮定します。中国もインドも14億人強の人口で、日本の人口の10倍以上です。ということは、知的エリートやリーダーが日本の10倍以上いるということになります。最近、中国人は嫌いだとさげすむようなひともいるけど、とんでもない。知的探求心にあふれる、誠実な人たちが実際にたくさんいる。こんな状況で、実力主義のガチンコ勝負をしても、中国やインドにかなうはずがない。

 

日本人の勝ち残る道は、もはや(隠喩的な意味での)「長寿」にしかないと思います。長寿、つまり長生きして健康でいることを至上命題とする知的関心のことす。身体的なセキュリティーを第一に大切と考える立場です。生命論と言ってもよいと思います。実際に、人生100年時代に一番近いのは、日本人です。

 

もはや、冒険心や勇気は要らない。向上心すらも要らないかもしれない。内向きで、つつがなく、とにかく健康でい続けることを追求する。ただ、これは、本当にいいことなのか? 私にはわかりません。ともかく、日本人は長寿を武器とするしかない。諸刃の剣となることもあり得るが、「長寿」を活かす道以外はないのではないか。

 

私の雑談相手に、ある場所の守衛のおじさんがいるのですが、私が東京で仕事するときには、いつも日課のように彼とお話をします。彼の話題はもっぱら健康のこと。自分の病気のこと、病院の話、飲んでいる薬の話。他にやりたいことはないのかと聞いても、とにかく長生きの話。90歳までは生きたいと言っています。その生命に対する飽くなき欲望は、すがすがしいほどです。

 

このおじさんと同じような生き方を志向する日本人は多いと思います。人間の生命(健康と長寿)とセキュリティーへの過剰な配慮は、宿命論を否定します。運命論から、いまただ単に生きているという喜びを称揚する生命論へ。ここに、可能性と絶望のどちらを感じるのが正しいか、私にはまだ判断できませんが、人生100年時代を生きる日本人の戦略的投資分野は、広義の生命科学であることは確かでしょう。

 

後編 名古屋外国語大学 [後編] (keihereview.com) に続く

 


 


亀山郁夫学長の近著

『人生百年の教養』(講談社現代新書) https://amzn.asia/d/7uaDAbM

『ドストエフスキー 黒い言葉』(集英社新書) https://amzn.asia/d/ajuF7aN

『増補「罪と罰」ノート』(平凡社ライブラリー) https://amzn.asia/d/iIjmzdi

 


亀山郁夫(かめやまいくお)プロフィール:

1949年(昭和24年)栃木県生まれ。東京外国語大学卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程得退学。ロシア文学者。日本芸術院会員。天理大学、同志社大学で教鞭をとり、母校・東京外国語大学で教授、学長を歴任。現在、名古屋外国語大学学長、世田谷文学館館長。1991年から10年間、NHKテレビ『ロシア語会話』の講師を務める。

『磔のロシア―スターリンと芸術家たち』(岩波現代文庫)、『新カラマーゾフの兄弟』(河出書房新社)、『ドストエフスキー 黒い言葉』(集英社新書)、『ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光』(岩波書店)、『人生百年の教養』(講談社現代新書)、『増補「罪と罰」ノート』(平凡社ライブラリー)など著書多数。訳書では、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『白痴』『未成年』(光文社古典新訳文庫)など。

国内での様々な受賞歴の他、「プーシキン賞」「ドストエフスキーの星・勲章」受賞。



 

(インタビューと構成・記事:原田広幸 KEIアドバンス コンサルタント)

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